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仁徳天皇統治に見る君臣のあるべき姿

宝とは田から、が語源だそうだ。
おそらく弥生人にとっては、自らの命を繋ぐ稲の存在は
宝に違いなかったろうね

大和(やまと)は
「再び”まこと”に戻る」
「再び”まこと”の教えに戻る」
「再び”まごころ”に戻る」、ということ。
こんなありがたい国号があるものでしょうか。

(語源情報はどちらもうまやどさんから)

今の日本語は島国であったこともあって
古代語の名残が色濃く残る言語だそうだ。

日本って国は知れば知るほど、いろいろ深いよ


簡単に仁徳天皇の紹介から
ある時、市中を見渡せる山の上から仁徳天皇が市中を見渡したところ
市中から煙がほとんど上がっていなかったそうだ

当時の産業(製鉄や料理)が活発に営まれていれば
煙が上がっているはず

ここから民が困窮していることを察した仁徳天皇は
税の徴収と労役を止めるように勅(天皇が出す指示のこと)を出す

3年経って、煙がたくさん上がるようになった
税を納めます、と民のほうから言い出したが
仁徳天皇はこれを許さず、さらに3年税を取らなかった。

結果、皇居などは雨漏りがするなどボロボロになったが
税を取るのをやめた6年後、天皇から許しが出たため
労役を始めた民によって尋常ではない早さで皇居の復旧は進んだ

仁徳天皇は民を「大御宝(おおみたから)と言って大事にし
民は仁徳天皇を「聖帝(ひじりのみかど)」と敬った

だそうだ。


大事な話はここから。
大抵の英雄譚は誰かの実績だけを示すもの

君主のほうが民に歩み寄る事
民もこの心に報いようと頑張る事

互いに思いやる円満話が一体世界のどこに残っているだろうか?

しかも古典に

しかも、それが正しい事だとわかっている。
民の方に歩み寄る帝(みかど)を「聖帝」と表している。

仁徳天皇の時代は古墳時代。西暦で言えば4~5世紀ぐらい。
世界のその時代はどうよ? 当時の権力者たちは何をやっていた?
そして、今の世界はどうよ? 今の権力者は何をやっている?

上下関係のあるべき姿を
すでに千年以上前からやっているのが日本なのですよ

凄いよ

この精神はビジネスの世界にも応用できる
上下関係がどうであるべきか。
仕事の人間関係に困ったら、歴史を紐解いてみるのもいいかも。


子供の頃は全く歴史とか興味なかったけどね
大人になって、しかも社会人になってから
こんなに歴史が面白く感じるとは思わなかったよ

現代語古事記
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テーマ : 天皇陛下・皇室
ジャンル : 政治・経済

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